昨日、子ども達が帰宅後、私が別室で洗濯物をたたんでいたときに、リビングに居た子ども達の会話が聞こえてきました。
はんぶんことかわりばんこ
前回の記事で、少なくとも学校の期末考査の勉強については、子ども達はそろそろ自立の気配なので、本人のやり方を尊重して、邪魔しないように心がけている、ということを書きました。
でも、休校明けの学校の様子が気になるので、
「お弁当の時、ほんとに誰とも喋らないで食べられるものなの?」
「密の状況になったら、どうするの?」
「そういえば、◯◯君とか△△ちゃんは元気?」
「テスト前の課題は全部出せたの?」
などと、ついつい話しかけてしまいます。
2人に聞く形で問いかけると、それに答えるのは大抵息子で、娘は、自分が答えなければならない時以外は、まず喋りません。
それについて、息子が、
「お前もさー。たまには何か答えろよ。 俺だけ親の相手すんの、不公平だろー。 オレだってめんどくせーんだからよー。 親への責任は、はんぶんこだかんな(`_´)!」
「…( ̄^ ̄)…。」
「だから! それだよ、それ! お前は大仏かっ! 黙って鎮座してねぇで、口を開けっ!」
喋らなくっても、ノープロブレム。
「必要があれば喋るけどさ。…でもテスト前はさ〜、時間足りないからさ〜、なんか、めんどくさいじゃん…(−_−;)…。」
「オレだってめんどくせーわ! だからオレにだけ相手させんなっつーんだよ!いいか〜、親の相手は、かわりばんこだからな〜( `ー´)ノ!」
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相手してやる、とかさ、
めんどくせー、とかさ、
なーんか、傷つくんですけど…_(:3 」∠)_…。
もはや、私がお世話される立場かのような物言いじゃないのよぅ(´༎ຶོρ༎ຶོ`)。
でも、「はんぶんこ」と「かわりばんこ」って久しぶりに聞きました。
しかも、高3男子の口から出るとは思わなかったので、あとからジワりました( ̄▽ ̄)。
子育ての答え合わせはこれから
以前、息子の学校での話を聞いた時のこと。
絶対王政だったか独裁政治だったか?を授業で習った時、クラスの子が、
「あ、それ、オレんちのことだわ( ̄▽ ̄)。」
と、言っていたそうです。
「お父様の意見が絶対」のおうちなのだとか…。
「そいつんち、にーちゃんにも逆らえないらしい。」
でも、その子は人格者で、帰国子女でもないのに英語がペラペラ。
英語以外の成績も最上位層で、プレゼンも先生より上手なくらいです(^▽^;)。
周りが見えていて、自分を落として笑いに変えるスキルもあります。
息子はその子のことを、とてもリスペクトしているのです。
子どもの人格というのは、育った家庭と、その子が持って生まれた資質のコラボレーションで培われるものだと思います。
どんな教育方針であれ、子どもの資質が良い方に伸びれば、それで良いんですよね。
そのお友達のご家庭も、立派な家庭教育をなさったのでしょうね(*^-^*)。
例えば、父親や長男の意見が絶対で、彼らの座る場所は上座で、おかずも一品多いなど…我が家は、そういう家庭ではありません。
家長は主に、庭に居ります( ̄▽ ̄)。
息子と娘の関係も、お兄ちゃんだから、妹だから、男だから、女だから、という区別はつけずに、対等に育ててきました。
何事も、「はんぶんこ」「かわりばんこ」で育ててきたのです。
その結果が、息子や娘の持って生まれた資質とのコラボで、これからどう出てくるか。(すでに出ている分もありますが)
子育ての答え合わせは、まだまだこれからだな〜と感じています。
とりあえず、私の老後は、「はんぶんこ」「かわりばんこ」で見ようと思ってくれているのかしら(´艸`*)。
でも、子どもの世話になるつもりは、今のところはないんですけどね。
小さな手で、大判焼きを「はんぶんこ」って割っていたな。
滑り台は「かわりばんこ」だったよね。
昨日の息子の発言から、子どもたちの小さい頃の思い出と一緒に、「はんぶんこ」「かわりばんこ」が頭の中をぐるぐるしています。
高校生のいる暮らし
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