今日は、ひんやりした空気です。
天気予報によると、今日は9月下旬なみの気温なのだとか……。
肌寒いと感じるほどなのに、子どもたちは今日もプール道具を持って登校しました。体育の授業で、まだプールに入っているのです。
おととい、Jアラートが鳴った日も、プールの授業は普通にあったそうですが、
「中学校、呑気だな。」
と感じてしまいました。
「水着でいたら、もしミサイルが飛んで来てもすぐに逃げられないじゃない!」
と思うのは私だけでしょうか。
だいたい、先生は水に入らず、たいして泳法を教えもせずに泳がせてみせ(出来ない子は出来ないまま)、タイムを測って終わりという授業だそうです。
そんな方法で評価をつけるのもどうかと思いますし、そんなことのために寒いなかをわざわざプールに入れる必要があるのかと思ってしまいます。
「水温と気温を合わせて何度以上ならプールに入る」
という基準があるようですが、そんな機械的なことを言っていないで、先生も水着になって水に濡れてみて、寒くないかどうかを体感して決めてもらいたい!
一昨日も寒くてブルブル震えながら入ったと子どもたちが言っていましたが、今日は一昨日以上に気温が低い……。
正直、勘弁してほしいです。
カリキュラム上、水泳の授業は何回以上と決まっているとか、タイムを測るところまでやらなきゃならないとか、いろいろ事情があるのでしょうが、風邪をひかされて困るのは子どもと親です。
気候も子どもたちの忙しさも、昔とはずいぶん違うので、これまでのやり方を踏襲するだけではなく、もう少し臨機応変にやってもらいたいものです。
九州の友人は、お子さんのプールの授業は1学期で終わりで、2学期はどんなに暑くても体育はプールではないと言っていました。
……何故に?
あちらは暑いのでプールの授業が始まるのが早いから、終わるのも早いのでしょうかね?
いずれにしろ、その友人も、寒いこちらでまだプールの授業をしていると聞いて、ビックリしていました。
毎年毎年、9月の上旬までプールの授業があるのですが、肌寒くなってくるので風邪をひかないかという心配や、プール道具のバスタオルなどが洗濯しても乾かすのが大変というストレスがあります。私立で室内プールだとかであれば、こんなストレスは無いのかもしれませんね。
しかも、プールが終わったら9月の第1週には柔道を始めるから、柔道着を用意しておくようにと昨日言われたそうですが、うちの子はサイズアウトしていて買い換えなければならないのに、もう少し早く言ってくれないかなあ……。数日で用意しろって、親の都合っていうものが全く考えられていない……。
学校に合わせていくのも、なかなか大変です。
地域の秋祭りも近くあるのですが、その準備にも、当日も、片付けも、小中学生が駆り出されます。つまり、その親たちも駆り出されるわけです。毎年この時期は、子どもたちは学校行事とプールと地域のお祭りの準備で疲れきっているし、親も、子どもの体調管理が大変なうえ、自分にも煩雑な用事が増えるので、学校にも地域にもイライラとしてしまいます。
学校の先生方の過剰労働や、地域の担い手が減っていることがよく問題になりますが、中学生とその親の過労には、いつになったら目が向くのか?と思います。
何度も書いていますが、学校でも地域でも、
「毎年こうだから。」
と、いつまでも前時代的なことを続けていないで、スリム化できるところはしてほしいと切に願います。やること自体を減らさないと、どこかの負担を減らした分が別のどこかにかかっていくだけです。
きっと、みんな感じているけど、声をあげる前に子どもが卒業してしまうんだろうなあ……それで、何もかも変わらないまま、ということが、たくさんあるんだろうなあ……。
とりあえずは昨日慌てて注文した柔道着が授業に間に合って届きますように。
うちの子は、会話の流れでたまたま思い出したからまだいいようなものの、親向けのお便りが出ていないので、きっと親に言いそびれる子が出るはずです。柔道の初回は柔道着忘れが多発するのではないかと危惧しています。
それで「忘れ物」とカウントされて内申に影響したら、それは先生の連絡のしかたのまずさもあるのではないかなと思います。
「もう中学生なんだから、いちいち親向けにお便りを出さなくても、自分で親に言えるだろう。」
という見解もあるでしょうが、公立中の現場を知っている者としては、
「理想はそうでも、実態は違う。お便りですら親に見せない子がたくさんいる。ましてや口頭で連絡事項を親に伝えるということは、全員に期待することは絶対に無理……。」
と、思わざるを得ません。
生徒の実態に即した指示の出し方をしないと、何も回らないのです。
「自分は言った。」
に終始していては、指示を出したことにはならないのです。
話がずれてきましたが……
とにかく、秋は季節の変わり目でいろいろあるし、行事も多くて負担が大きい、という愚痴でした(苦笑)。