このところ、お勉強系のエントリーばかりになってしまってますが(苦笑)。
小学生のいる家庭では、どこの家庭でも
「家庭学習」
なるものに取り組まねばならないと思います……
これ、先生が
「今日は家庭学習のノートに教科書の問題を解いてくること。」
「漢字練習」
「日記」
などと具体的な指示がある場合と、
「オールフリーで何ページ!」
や、
「今日は社会であれば何でもいい」
という、子どもにお任せな場合とあるようですね。学校や地域ごとにだいたいのところは方針があるのでしょうが、具体的なやり方については、担任の先生の裁量によるところが大きいようです。
具体的な指示があったときはいいのですが、「子どもにお任せ」のときは、何をどのくらいやればいいか、悩む子が出てきます。親も悩んじゃいますね。
あるとき、
「家庭学習のノルマは、1日何時間(何分)と決めるのか、それとも、1日何ページと決めるのか」
という議論を目にしたことがあり、
「う~~~む……」
と解せなかった私です。
だって、家庭学習を「何時間」とか「何ページ」で考えたことがなかったからです。
例えば、「日60分以上」と決めたとしますね。
「テレビを観たりおやつを食べたりなどの、ながら勉強はいけません。」
と条件も付けたとします。
そうすると、うちの子はどうなるか……
おそらく60分のうち、40分強はボヤ~ッと過ごすでしょう。髪の毛の毛先をいじったり、消しゴムのかすをこねこねしたりして、ページで言うなら1ページにも満たないで終わるかもしれません。
一方、「1日3ページ」と決めたとします。
そうしたら、うちの子は、可能な限り字を大きく書き、取れる限りの余白を取って、普段はやらないのに、えらく太い線で囲んでみたりして3ページを埋めるでしょう(実際に、「もっと間を詰めて字を小さく書きましょう」と赤文字で注意された前科あり)。
こんなことになるのは、うちの子だけでしょうか(苦笑)?
でも、うちの子と違ってたくさんやれる子でも、ただ時間数が多ければいい、ページ数が多ければいい、と、誤解してしまう可能性もありますよね。
だから、家庭学習は、「時間」でもなく「ページ数」でもなく、
「理解したか」
あるいは
「問題を解けるようになったか」
を基準としてノルマとすべきだと思うのです。
何時間かかるか何ページ要するかは、人によって違いますが、
「この問題を解けたら今日の要点は理解できている」
と判断できる問題を用意し、
「理解度」「到達度」
をはかって、その日の学習を終了とすべきです。
まあ、毎日の理解度を30人分点検するのは、先生も激務なので大変でしょう。
子ども本人も親も、果たして今日の学習はこれで良しとしていいのかどうか、判断に困るでしょう。だから「時間」だの「ページ」だのの議論になってしまう。
でも、それは、点検する大人側の都合なのですから、どうせやらせるのなら、効果のある家庭学習にしてやりたいものです。
教科書だけでなく、市販の問題集やドリルなどにも、単元ごとに「理解度」や「到達度」をはかれる問いが設けてありますから、学習の最後にはそういう問題にあたらせ、
「できたら終わり」
「できなかったらできるまで今日がんばる」か、「明日も今日できなかった問題をやる」
方式にして(鬼ですが)、大人がなるだけ付き合ってやるといいと思います。
ノートをきれいにまとめただけの学習では不十分です。インプットしかしていないからです。インプットした知識を用いて問題を解けるようにする(アウトプットする)、の練習まででワンセットなのです。
この間、テレビで頭脳王の対決をやっていました。みなさん、恐ろしく賢い方々でしたが、チャンピオンになった東大医学部の方は、時々、頭のあたりで人差し指をふぁ~ふぁ~と動かす動作をしていました。あれは、思い出す(アウトプットする)ための動作なのだろうなと思って観ていました。たくさん詰め込まれている知識も、必要なときに必要なものを取り出せなかったら、宝の持ち腐れですもんね。
テストの時できるかできないかは、どれだけインプットしてきたかも大事ですが、実はどれだけアウトプットの練習をしてきたかで決まります。
頭脳王の彼らはきっと、これまでにアウトプットの訓練も相当積んできたのだろうと思います。
たかが「家庭学習」、されど「家庭学習」。
「インプット」した知識を「アウトプット」できるようになったか。
「まとめ」たあとに必ず「演習」をこなしたか。
毎日そこまでを求めていけば、学力は必ずアップするでしょう!
そこまで言うんなら、まず自分の子どもを見ろよ、ですよね~~~(苦笑)。