ママンの書斎から

アラフォーママンの考えごとや読書記録

「堅苦しい」や「おとなしい」は「直すべきこと」か

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子どもたちの学校の先生との面談で、担任の先生から言われることのなかには、

「直した方がいいこと」

も含まれます。

誉めてくださることももちろんあるのですが、必ず1つは、

「こういうところが残念なので、直すように頑張っていきましょう。」

と言われます(これは全国的にそういうものなのでしょうか?)。

 

まあ、私も、自分の子どもは全く直すところがない、などとは思っていないので、先生から言われたことは、なるべく素直に受け止め、子どもにもその点を直せるように働きかけるようにしています。

 

でも、

「それって……直すべきことなんだろうか?」

と思うこともあります。

 

たとえば、息子は、

「堅苦しいです。」

と言われたことがあります。

 

「堅苦しい」……(笑)。

 

息子は、このときの担任の先生が怖くて、のびのびと自分を出すことができなかったんです。萎縮していたというか。私はそれをわかっていたのですが、まさか先生に向かって

「それは、あなたのことが怖いからです。」

とは言えず、

「はあ……」

と曖昧にうなずいて帰ってきました。

 

でも、仮に本当に息子が堅苦しかったからといって、それは、「直した方がいい」ところなのでしょうか?黙っていても自然ににじみ出てきた特性で、そのことで誰にも迷惑をかけていないのなら、それは「個性」の範囲であって、「矯正」する必要はないのではないでしょうか?

 

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また、娘は、

「おとなしい。自分の気持ちが出せない。」

と言われます。

でも、小さい頃から、幼稚園の頃から、集団の中に入ったときに「自分が自分が」と前に出ていくタイプではなかったのです。確かに、親としても見ていて歯がゆいところはありますが、他人に迷惑をかけていないのなら、それこそが彼女の「個性」であり、「直すべきところ」ではないのではないでしょうか?声高に自分を主張するだけがいいことは思いません。

 

  

小学校では先生の前で「堅苦しかった」息子は、中学校では先生とも普通にお話できているようですし、「おとなしい」娘も、必要があれば大声も出します。ゆっくりと待ってやりさえすれば、自分の気持ちも言えます。

それに、「堅苦しい」も「おとなしい」も、長い人生のなかでの、一時期の姿であって、一生そのままであるとも限らないですよね。

小さい頃は内気だったけれども、今はテレビに出て活躍されているという芸人さんなどのように、人生何がきっかけでどう変わるか、わからないものです。クラスがえや進学や就職など、環境が変わると同時に性格も変わるということだって、充分考えられます。

 

 

「忘れ物が多い」

とか、

「授業中に騒いで立ち歩く」

とか、

「友達に乱暴な振る舞いをする」

など、人に迷惑をかけるようなことなら、今すぐ「直すべきところ」だと思いますが、誰に迷惑をかけるわけでもない、もしかしたら「個性」かもしれない部分を、先生や学校に、より適応するように「直しましょう」と言われると、「無理に今矯正するところでもないんじゃないかなあ?」と思ってしまいます。

 

「もう少し、外で遊びましょう。」

と言われたこともありますが、内心、

「いや、今うちの子、将棋にはまってるんで、休み時間に教室で友達と対戦するって張り切ってるんですが……1年も2年も室内にしか居ないというわけでもないのだから、室内の遊びにはまっている時期くらい、はまらせておいたらいいのではないですか?」

 と思っていました(苦笑)。

 

どこまでを「個性」として尊重し、どこからを「矯正」するのか。

 

ちょっとそこのところ(一応、先生のご意見としてうかがってはおきますが)、判断がせっかちすぎ、狭量すぎやしないか?と思っています。