ママンの書斎から

アラフォーママンの考えごとや読書記録

失敗談の大切さ

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皆さんは、ご自分の失敗を、人に話せますか?

話す相手は誰でも構いません。友達でも、家族でも。

 

私の周りでは、中には頑なに自分の失敗を話さない人もいますが、大体は、自分の失敗を笑い話にして話してくれる人が多いです。

自分のやらかしてしまったことのうち、自分でも自己嫌悪すぎて誰にも話せないということもあるとは思いますが(私はいっぱいあります)、自分の中で消化できていて、笑い話にできるようになっている失敗談なら、どんどん人に話した方がいいと思います。特に子どもには。

 

子どもって、大人の失敗談、好きですよね(苦笑)。

うちの子どもたちも、

「ママがあなたたちくらいのころ、ストローで熱いお茶を飲んでみて、えらい目にあったことがある。」

とか、

「氷を舐めたら舌がくっついて取れなくなって泣いたことがある。」

などと白状すると、涙を流すほど笑いこけていたものです。

 

「失敗は成功の母である」

というわりには、私たち大人は、自分の失敗を子どもに見せたがりませんよね。我が子の前では、「ええかっこしい」をしがちです。

私もそうです。子どもの前では、無意識に、「自分は失敗なぞしたことがない」とでも言わんばかりの振る舞いや物言いをしている自分に気づくことがあります(笑)。

 

でも、子どもたちって、完璧だと思っている大人でも、子どものころは自分と同じような失敗をしたことがあるんだとわかると、ホッとするのか親近感を抱くのか、その大人を信用してくれるようになると思うのです。

大人の私でさえ、自分の失敗談を語ってくれる人の話には、耳を傾けたくなります。

 

 

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子どもの前で完璧でありたがるのは大人だけで、子どもは、完璧な大人なんて求めていません。自分の今の失敗に共感して、励ましてくれる大人を必要としているのです。

 

「そういうこと、やっちゃうときあるよね。私もそうだったよ。」

と、わかってくれる大人がいて、

「あの時は大失敗したと思ったけど、今になってみればたいしたことではなかったよ。」とか、

「失敗したけど、そこからこうやって乗り越えて、今もこうしてなんとかやれているから大丈夫。」

など、

「失敗ばかりしてきたけど、今もなんとかこうして生きている自分」

を話してやれたら、子どもたちも気持ちが楽になったり、今抱えている苦しさに希望を見出すことができたりするのではないでしょうか。

 

だから、子どもに大事な話があるときなどは、なおさら、自分の失敗を語れる親でありたいと思うのです。自分の失敗談を聞いて、子どもが、今を、そしてこれからを生きる勇気を持てるなら、いくらでも話してやりたい。そう思っています。

 

失敗を人に話せない人や、自分でも「これは話したくない」と思う時というのは、まだその失敗を完全には乗り越えられていないということなのでしょうね。

消化できていないから、笑い話にできないのです。

「今だから言えるんだけどね……」

そう言えるようになった時が、自分の中で失敗を乗り越えたということ。

失敗してすぐに人に話すのは誰だって無理です。時間がかかってもいいのです。自分が話してもいいと思えたタイミングで、話してやれればいいのだと思います。

 

私たちは、子どもたちの、人生の先輩です。素晴らしい業績を残すだけが先輩ではありません。後輩たちは、私たちのどんな姿からも(たとえ誉められたものではない、というような失敗例からでさえも)、何かを学んでくれるはずです。

 

だから、世のがんばりママンのみなさん、心を楽にして、たくさん失敗して、たくさん乗り越えて、たくさん子どもに話しましょう。

 

それでいいのです。

 

そのほうがいいのです、きっと。