「ママ広場」さんに、5本目の記事を寄稿させていただきました。
今回は、息子の部活について書いてみました。

笑顔が消えそうで、やめたもの
我が家では、子どもが習い事をやめたいような素振りを見せた時、気まぐれのものだと感じたら、「自分で決めた目標までは、もうちょっと頑張ってみたら?」という方向でやってきました。
実際、気まぐれというか、一時的な感情であることが多かったように思います。
でも、「これは本当にやめないと、子どもが心を病んでしまうほど辛いんだな」と感じたものについては、すぐにやめました。
息子が一瞬だけ習ってすぐにやめたのは、サッカーです。
※もちろん、サッカーやサッカーを頑張っているご家庭を否定しているわけではありません。うちの息子には合わなかった、というだけの話です。
息子は、手首に先天性の疾患があります。
身体は動かしたいけれど、あまり手首に負担はかけたくない。
なるべく手首を使わないスポーツ、できればチームスポーツがいいな…と考えた結果、サッカーが良いんじゃないかなと思い、習わせてみたことがあります。
でも、手がダメなら足、というような単純な話ではありませんでした。
息子の気質とサッカーという競技が、根本的に合わなかったのです。
息子は、そもそも、争いごとが苦手な性格です。
だから、サッカーの、相手選手と直接体がぶつかったりする面に対する抵抗が、どうしても拭えなかったようなんですよね。
「ぶつかったり、押されたり、蹴られたり…もちろんわざとじゃないことはわかっているけれども、そんなことをしたりされたりするくらいなら、僕はボールなんて要りません。はい、どうぞ( `ー´)ノ!」
と、相手にボールを譲ってしまうような、そういう性格なので、当然と言えば当然…。
だから、
「僕は、ネットを挟んでやるスポーツしかやらないよ( ̄ー ̄)!!!」
と宣言された時には、
「あぁ、練習してうまくなったら気持ちが変わる、というものでもなさそうだな。」
と思いました。
実際、サッカーの練習日は、朝から気が沈んで笑顔がなくなり、ずっと黙り込んでしまうほどだったので、そこまで負担に感じているものをこのまま無理に続けさせたら、息子が息子でなくなってしまう、と危機感を感じ、すぐにやめました。
コーチには引き止められましたが、そこは譲らず、平謝りして承諾していただきました。
やめたら気持ちが軽くなったのか、息子はあっという間にもとの朗らか小学生ψ(`∇´)ψに戻って、ホッとしたことを覚えています。
本人の手首の疾患を心配してのことだったとはいえ、性分に合わないことをさせてみようとしても、その子の良いところ(息子の場合は、朗らかさ)が消えてしまうようなら、やめたほうがいい、と学んだ出来事でした。
自分の区切りまでやり抜いたもの
サッカーをやめたあとは、手首のことはひとまず置いておいて、純粋に息子の興味が向くものをさせてみようと思いました。
そうしたら、6年生の時に、「ネットを挟む」とある競技に魅了された息子。
そこはブレていませんでした。
本人に熱望されて、その競技を習える教室を探し、通うようになりました。
中学校でもその競技の部活に入りましたが、それはそれでいろいろと大変で…(;´Д`)…。
↓ 中学校の部活については、ママ広場さんに寄稿させていただいた記事に書きました。
息子は、その競技に熱中しました。
やればやるほど奥が深いらしく、部活のほかに、地域のクラブチームにも籍を置いて夜練(21時まで)にも通いました。
個人的に外部コーチにも習いに行き、とにかく、いつもいつも練習、試合、送迎に追い立てられる日々でした。
部活では部長も務めていた(前部長からの指名で断れず…)ので、部長の悩みというものも加わり、さらに大変になりましたが、いろいろひっくるめて、「もうあれ以上はできない、やりきった!」というところまで、親子で駆け抜けました。
子どもが役についていると、親もいろいろと…無傷ではいられませんでした…(T_T)…。
息子は、特にその競技で進路を拓こうとまでは考えていなかったのですが、最後の試合にドクターストップがかかったのは、さすがにかわいそうでした…(T_T)…。
まぁ、彼は親にも監督にもコーチにも黙ってドクターストップをぶっちぎり、強行出場したので、後悔はしていないはずですけどもね( ̄ー ̄)。
なんだかんだとハラハラ、ヤキモキさせられましたが、手首を手術することになりながらも、中学校の部活は完全燃焼したと思います。
そして、高校で新しく選んだ部活も、「しんどい、しんどい」言いながら引退までやり抜きました。
やり抜いたあとの息子の表情はすがすがしく、満足気でした。
やり抜いた先に見える景色
今は「やりたくないことは無理にやらなくていい」という風潮の世の中です。
私も、息子が自分の気質に合わないものによって笑顔が減っていくという怖い経験をしたので、本人が本人らしく居られなくなるようなことからは、思い切って撤退したほうがいいと思っています。
でも、子ども達の姿を見ていると、やり抜いたら自信がつくということも、また事実だと感じます。
ドクターストップをぶっちぎってまで強行出場し、中学生活自己ベストを更新して引退した時の息子のすがすがしい笑顔。
親の応援を拒否してまで自分を追い込んだ、高校の部活の大会。
はたから見たらそんなたいした実績ではないかもしれないけれど、「やり抜く経験」を積んだ息子の視線の先には、「やり抜いた先にしかない景色」が、広がっていたはず。
その景色を見たと見ないとでは、その後の生き方が変わってくるに違いありません。
だから、進路に関係あろうがなかろうが、なんでもいいから、「やり抜く経験」を持つ。
それは目指す価値があると思っています。
特に子どものうちは。
親(や周りの大人)がちょっと励ますことで頑張れそうなことなら、挑戦してみる価値はあると思います。
たとえ結果が出なくても、やり抜いたら納得して次へ進めますし、ほんと、高校生くらいまでの子どもって、ちょっと励ましただけで、励ましたこちらが驚くほどの成長を見せてくれたりしますからね。
だから、嫌なことや辛いことにぶつかったとき、
「ここを乗り越えたら、どんな景色が見えるのかな。」
そう思って少しだけ踏ん張ってみる経験を、親が先行して子どもから奪わないほうがいいな、と思います。
もちろん、その時には親のサポートが必須ですし、「子どもの魂の危機!」という場合は、やめたほうがいいですが…。
そのことから距離を置いたほうが子どもにとって幸せなのか、それとも、励まして挑戦させたほうが良い結果になるのか…親にとっても見極めが難しいですね。そこは子どもをよく見て、その時々のベストな判断をするしかないですね。
そして、子どもをよく見て決めたことなら、大人の望む方向へ誘導しているとか、そういうこととは違うと私は思っています。
子どもに「自身で自分を信じられる根拠」を持たせてやりたいという願いです。
その自信だけが、その子の一生を救ってくれるものだからです。親の亡き後も…。
「あのとき、自分はやり遂げられた。だから今回も大丈夫。」
「あのつらい経験を、自分は乗り越えた。だから次もできる。」
「自分ならできる」という自信を、子どもに持たせてやるチャンス。
習い事や部活の意味って、そこにあるのではないかな~と思っています。
…すみません、熱くなりすぎましたでしょうか。