ママンの書斎から

アラフォーママンの考えごとや読書記録

10年経っても乗り越えられずにいること

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今日はスーパーで買い物をする予定で、買うものをメモしていたのに、そのメモを忘れて出かけてしまいました(−_−;)。最近、こういうことは、もはや日常茶飯事。

 

絶対にやらかしてはならないと気をつけていたことも、ついこの間やらかしてしまい、その失敗でもかなり落ち込んでいます。

 

ほかにも、最近、たたみかけるように色々あってメンタルがとても落ちているからか、過去の嫌なことも、やたら思い出してしまいます。

 

 

今日はどうやっても前向きな記事が書けそうにないので、ブログはお休みしようかなとも思いましたが、書くことで消化できるかもしれない、という気持ちもあり……。書いてみます。

読んでいて不快な方は、どうぞスルーしてくださいませ<(_ _)>。

 

 

 

うちの子たちは、小さい頃、とにかく体が弱く、ひっきりなしに病気をしていました。そして、ただの風邪でも高確率でこじらせて、入院まで行ってしまうのです。

 

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子どもが2人になってからは、いつも誰かが病院にかかっている状態でした。

 

他の子は風邪を引いてもすぐ治るのに、どうしてうちの子は、抗生剤を処方されるまで、あるいは入院するまで治らないのだろうと、とても悩んでいたし、いつも通院疲れ、看病疲れしていました。

 

幼稚園を休むことも多く、やっと行けた日も、お迎えの時にママ友さんから、

 

「やっと来たね〜。お休み長かったね。」

 

と言われただけで泣けてしまうほど、心身がギリギリに追い込まれていました(心配して言ってくれた言葉だと頭ではわかっているのに、責められているように感じてしまって心が辛い)。

 

病院に通い詰めても、食事や生活習慣を工夫しても、しょっちゅう高熱を出す息子と娘。

義母は、私の作る食事の内容が悪いからこんなに孫が体が弱いのだと思っていたようで、若い母親に食事作りや栄養学の基礎を指南する本を手渡されたりもしました。そういうことにも傷ついて、追い詰められていました。

 

 

息子が、40度を超える高熱が1週間下がらなかった時、原因もわからないし熱も続いているから、ということで、また入院することになりました。

 

入院したその日、私はすでにそれまでの通院と看病と心労とで、体はクタクタ、心はボロボロ。満足に寝ていなかったので、ボーっとしてもいたと思います。

 

その状態で、入院時の書類をわんさか渡され、書かないといけないのに、子どもの入院は母親がやることが多く、吸入させて記録を取ったり、持ち込んだ荷物を小さいロッカーに全て収めたりするように看護師さんから言われても、すぐに対応できませんでした。

 

夫は娘の世話で家にいるし、祖父母たちもすぐには来れないし、息子は泣く。

1人で奮闘するも、書類を書くのも荷物をロッカーに収めるのも追いつかず、かなりもたついてしまいました。

 

その頃の息子は、持病の方でも検査でたくさん痛いことをされていたので、採血や注射が怖くてたまらなかった頃でした。

だからその日の採血も点滴も逃げ回り、時間がかかったうえに泣いて抵抗して、看護師さんたちにご迷惑をおかけしてしまっていました。

 

看護師さんたちも大変だったのだと思いますし、入院が決まってからも私がもたついて、書類も荷物の整理も遅いので、苛立たせてしまったのかもしれません。

 

 

夜中にナースステーションに用があって行くと、看護師さんたちが話している声が聞こえてきました。

 

「さんざん逃げ回ってさぁ…。」

「まだ片付いてないんだよね…。」

 

聞こえてくる言葉の端々から、うちの息子と私のことを話しているのだとわかりました。

 

私に気づいた1人の看護師さんが、

 

「しっ!」

 

と人差し指を口に当て、残りの看護師さんたちは振り向いて私を確認すると、急に黙って何か書いたり立ち去ったりし始めたので、事務的な申し送りなどではなく、たんに悪口というか、噂話をされていたのだとハッキリわかりました。

 

私はその時、用事だけ事務的に済ませて、何も言わずに入院部屋に戻りましたが、柵をあげてオリのようになっているベッドのなかで、涙を流した後がほっぺに残ったまま眠っている息子を見たらまた悲しくなり、泣けて泣けてしょうがありませんでした。

 

 

どうやってその入院を乗り越えたのか、あまり思い出せません。看護師さんたちには心を開けなくなり、退院したときには心からホッとしたことだけは覚えています。

 

 

娘が入院したときにも、冬だったので、私が胃腸炎に院内感染してしまい、ヘルプの家族が到着するまで、遠いトイレと病室を走って行ったり来たりしながら娘を看病することなってしまいました。

自分が吐いたりトイレに行ったりしたい時、娘を見ていて欲しい旨を看護さんにお願いしてみましたが、看護師さんたちもお忙しいので、うちの娘だけにつきっきりというわけにはいかず、結局、娘を気にしながら、ベッドの柵をあげて落ちないようにし、テレビで気がそれている間に洗面所やトイレへ走る……。こんなことを繰り返していたら、私が病室に居ない間に、娘が点滴を引っこ抜いてしまったのです。

 

血だらけになっていたので、すぐにナースコールをして、お医者様が再度点滴の針を刺してくれることになったのですが、当然娘は泣きます。

そしたら、

 

「こんなに何回も痛い思いをさせて。お母さん、ちゃんと見ててあげないとダメでしょう!」

 

と叱られました。

 

どうすりゃいいのさ……と思いながら、私もまた泣きました。

 

 

そんなことばかりだった時期から10年以上たっている今でも、子どもが体調を崩すと、自分の作る食事や生活習慣のせいだと思ってしまうし、お医者様や看護師さんからは、ダメな母親と思われているんだろうなと、委縮してしまいます。

 

 

あーあ、なんだか闇を晒してしまいました。

 

そして、書きながらまた泣いている私。

思い出すと泣けてくるということは、いまだに乗り越えていないトラウマなんだと思います。

 

今日ここに書いたことで、乗り越えられればいいのですが……。

私が自分の傷を乗り越えるためにこの場をお借りしてしまい、読者のみなさんにはご迷惑ですよね……。ごめんなさい(T_T)。

 

最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。

不快だった方がいらしたら、すみません……。

 

 

 

 

 

 

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