ママンの書斎から

アラフォーママンの考えごとや読書記録

『出逢う力』(浅見帆帆子)

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だいぶ春めいてきました。  

春は出逢いと別れの季節ですね。  

……ということで、ちょっと思うところがありまして、昔買って読んだこの本を、またなんとなく読んでみました。

    

  

著者の浅見帆帆子さんは、「精神レベルが上がると運が良くなる」というようなことをずっと書き続けていらっしゃるエッセイストさんです。

私が浅見帆帆子さんを知ったのは、息子を妊娠している時でした。同じアパートに住んでいたママ友さんが、彼女のデビュー作を勧めてくれたのです。  

  

私は、スピリチュアル系や成功哲学系の書籍は、特別傾倒するわけでも、全否定するわけでもなく、自分の体験に照らして、そうだなと思えば受け入れる、というようなスタンスで読んでいます。  

浅見帆帆子さんは、私と同じくらいの年齢でエッセイストデビューされた当時は、家庭教師をしながら、留学先で勉強してきたインテリアのお仕事も少し受けたことがある、という経歴の方でした。

しかし、年配で権威のある著者に多い、「何も知らないあなたに、色々知っている私が、ものを教えてあげますからね。」という上から目線の物言いが大嫌いな私は(笑)、浅見帆帆子さんの「私のような若輩者がこんなことを本に書いていいのかと、おこがましい気がしますが、図らずも機会を頂いたので、自分が日常生活で経験したことから日頃考えていることを書いてみたいと思います。」というスタンスに好感を持ちました(笑)。  

彼女はずっと一貫して「精神レベルが上がると運が良くなる」ということをおっしゃっています。その一環として、「精神レベルが合わない(合わなくなった)人とは、自然と疎遠になるし、そもそも出逢わなくなってくる」とも述べていらっしゃいます。   

精神レベルって何ぞや?

これは私なりの理解ですが、要するに、マインドのキレイ度レベルのことです。明るい気持ち、ワクワクする気持ち、優しい気持ち……。  

そして、そんなマインドでいるためにする行動は、掃除をする、周りの人に優しくする、自分の好きなことをする、などなどです。もちろん、他人に意地悪をするとか、恨みつらみをため込むなんて、もってのほかです。あ、不安や心配事にとらわれることも、マイナスの強いエネルギーを充満させることになるので、運気を下げるそうですよ。  

そうしてプラスのエネルギーをためていると、悩んでいたことが知らず知らずの間に解決したり、嫌だなと思う人が自分から離れて行ってくれたり、こうなればいいなと思っていたことがその通りに回りだしたりするんですって(≧▽≦)!  

よく読ませていただいている葉月さんのブログにも、「人間関係の悩みには、換気扇掃除がいちばん効くような気がする」と書いてありましたよ~。  

モヤッとした時は - 葉月日記   

自分では思いもよらないことで誰かの悪意を感じると、本当に悲しいですよね。でも、やっぱり、掃除は効くんだな~。  

 

悪縁を断ち切り良縁を呼び込む力

この本の『出逢う力』というタイトルは、出逢うのにも力(能力のようなもの?)が要るのかな、と思わせられます。

浅見帆帆子さんの説を思いっきり平たく言わせていただくと、  

「そもそも、出逢わなければならない人とは出逢うようになっているし(精神状態のレベルが同じもの同士引き合う)、逆に、今まで仲の良かった人とも、魂の成長度合いがズレるとお互いに居心地が悪くなって離れる、ということはよくある。そしてそれは自然なことで、疎遠になったとしても思い煩う必要はない。」 ということになると思います。  

  

私は、15歳の時から、進学や就職、結婚や転勤で何度も引っ越しを繰り返してきたからか、「どんなに仲の良い友達だと思っていても、お互いの状況が変わるうちに、疎遠になる時はなってしまうもので、仕方のないこと。しがみつく必要はない。」という境地にたどり着きました(笑)。   

もちろん、そんな私にも、20年以上良い関係をキープしている友人たちがいますし、縁あってお友達になれた方には、自分なりに誠実に接しているつもりです。おおむね良い関係を続けられていると思います。が、中には、あまりに意地悪なので呆れて自分から距離を置いた人もいたし、理由もわからないままに突然拒絶されたこともあります(なのに何か聞きたいことがあるときだけ寄ってきたり)。     

意地悪や、理由がわからない拒絶などは、する側の自己防衛の1つで、それはそれで必死なのかな、とも思いますが、されたほうは、やっぱり傷つきますよね。自分の何がいけなかったのかと悩み、どんなに相手寄りで考えてもわからなくて、 納得いかなくて、長いことモヤモヤを振り払えないことも……。でも、そのくらい「わからない」ということは、相手と自分の考え方が、決して交わることのない「ねじれの位置」くらい根本的に違っていて、お互いに、自分としては思いもよらないことが相手の逆鱗に触れたとか、あるいは、育ち方などによってそれぞれが抱えている課題の問題であるとか、なんですよね。     

これはもう、どうしようもない。お互いに自分の正義・正しいと思う道を生きているわけなので、それが相容れないのなら、傷つけ合わないうちに離れるのがお互いのためだと思います。  

お互いのための、発展的解消というやつですね。  

「出逢う力」を発揮するには、発展的解消を選択し、受け入れることも必要なんですよね。  

  

発展的解消を選ぶとき  

それまで仲が良かったのに離れたくなる原因として、浅見帆帆子さんが述べられていることを、少し引用します。  

  

・くだらないおしゃべりだけの場に参加することに疲れた

・ 背伸びをして、無理に自分に合わせてくる人との付き合いに疲れた

・相手が自分に仕掛けてくる戦いに疲れた

・相手の使うマイナスの言葉が気になるようになった

・相手の器の小ささを感じるようになった

・相手の苦手だった部分が拡大した

  

やだ、わかる~(笑)。  

くだらないおしゃべりが楽しいこともあるし、自分が相手に背伸びされるほどすごい人間だとは思ってませんが、わかる項目も3つくらいあるぞ(笑)。 

お互いに、仲が良かった時は精神レベルが同じだったけれど、だんだんとズレてきてしまったら、お互いに上記 ↑ のように感じることが増えるのではないでしょうか。  

私の場合は、職業柄か、言葉がキツイと感じたらもうアウトですね。冗談の範疇を超えてきて、相手の言葉に傷つくようになったら(相手の言葉のチョイスに違和感を感じるようになったら)もう無理。心のドアがギィ~ッとクローズしてしまいます(^_^;)。 

あとは、妙に依存されたり、妙に張り合われたりした場合。←疲れる。  

それから、勝手に期待された上に、勝手に失望された場合。←迷惑。  

こういうこと、中学校くらいのときによくありませんでした(笑)?  

ママ友の怖さをを描いている漫画などを見ても(ネットによく出てますよね)、あぁ、大人になっても、人の親になっても、まだそういう段階にいる人に振り回されるのか……と、げんなりしちゃいますね。 

ママ友や、女性の友情の難しさを書かれているブロガーさんも結構多くいらっしゃるので、みなさん、多かれ少なかれご苦労されているのだと思います。  

  

別れもまた良し

結局、何が言いたいのかと言いますと、「(良縁に)出逢う力」を高めるには、「来る者拒まず(いや、ヤバみを感じたら拒んでいい(笑))、去る者追わず」のスタンスが良いのかも!ということです。  

もうこの歳まで生きてくると、誰しも自分を変えることは簡単じゃないと思うんですよね。相手を自分の望むように変えようとすることは不毛でしかないし、相手が期待した反応を返してくれないと臍を曲げてもしょうがない。それらは、自分の「出逢う力」を弱めてしまう行為だと思います。  

人間関係も、新陳代謝、自然淘汰されるのが普通と思って、いい意味で諦めることも必要なのかな。自分にとって良くない関係が淘汰されると、良い出逢いが入ってくる余地が生まれるのでしょうね。

  

去り方には知性・品性が問われる

ただ私は、離れるときにはそれなりのマナーがあると思っていて、お互いにできるだけ相手への敬意を忘れず、傷が浅くて済むような方法を取りたいですよね。一応、大人ですから(笑)。 離れる時に、ただそっと離れればいいだけのところを、例えば悪態をついちゃったり、陰で悪口を言いまくったり、捨て台詞を吐いちゃったりする人は、仲の良かった時代のお互いをも否定することになるし、結局、良い縁を遠ざけたり、酷いと悪縁を呼んじゃったりするのではないかなぁ、と思います。     

間違っても「あばよ<(`^´)>!」なんて言ってはいけませんね(笑)。 

  

合わない人とは、そっと距離を置く。  

「私、あなたのこと大っ嫌い!」などと極端な態度を取る必要はありません。いや、むしろ、やったらダメ(笑)。  

この世界で共存していくために必要な距離を取るとも言えるので、周囲に気を使わせないためにも、できるだけマイルドに幕引きできたらいいですね。  

相手のメンツを必要以上に傷つけないような大人の幕引きが出来たら、相手もすべて察して、距離を保ってくれるのではないでしょうか。  

     

別に春だからと言って、何か新生活を始めるわけでもない私ですが、この出逢いと別れの季節になると、これまでの出逢いと別れを思い返してしまいます。古傷が痛んだりも、しちゃいますね……(^_^;)。  

  

4月から、子どもたちは新しい環境(クラスなど)に入ります。  

(夫の転勤話は、今年はなくなったようで、ホッとしました。)  

子どもたちが良い出逢いに恵まれますように、と願わずにはいられません。たくさんじゃなくていい。友達は数じゃない。質だ!  

親の因果が子に報い……ということは本当にある気がするので、私はせめて子どもたちの運気に悪影響を及ぼさないように善行を積もうと、自分を戒めているところです。  

書評記事のはずだったのに、ついつい長くなりました(^_^;)。。  

最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。  

  

良き出逢いには心を開き、別れも嘆き過ぎることなく……。  

皆さんにも、良き出逢いの春が訪れますように!  

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