ママンの書斎から

ミドフォーママンの考えごとなど

『彼女は頭が悪いから』(姫野カオルコ)

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話題になっているようだったので(表紙の絵にも惹かれたし)、興味がわいて読んでみた本があります。  

  

数年前に、東大生がサークル活動をうたって酒を飲ませ、わいせつな行為をしたとして逮捕された事件がありました。 それをモチーフにして書かれた小説だということですが……。

うーん。 題名からして、そんな予感はしていたけれど……読後感は……非常に悪かったです"(-""-)"。

どうしてここまで共感性に乏しい人物が育ってしまうのか?

もちろん小説なのでフィクションなのですが、こういう、著しく共感性に欠けたエリートというのは実社会にも多くいるような気がしてなりません。 実際、私の周りにも共感性に乏しい人がいて、その人の下で働くことなった1年間は、私は心が疲れに疲れ、うつ状態になりました。

私は大学時代、この小説の舞台となるような「インカレサークル」などというものに所属したことはなく、コンパというものにも嫌悪感を抱いていたため、1度も参加したことがありません(もちろん、部活やゼミ、友達同士の飲み会には参加していましたが、見知らぬ人と会ったその日にテンション高くお酒を飲んで、山手線ゲームなんぞをしながら品定めをし合うという、いわゆる「合コン」が大嫌いだったのです)。 それは、今思えば、この小説で美咲が遭ったような災難の危険性を、どこかで察知していたからだろうと思います。

あらすじや引用は、書くのもちょっと苦しいくらいなので、興味を持たれた方は、この本に直接当たっていただきたいのですが、東大大学院生つばさが、逮捕されてもなお、被害者の女性(美咲)の泣いた理由にピンと来ていなかったこと(最後のセリフでわかります)に、愕然としてしまいました。

人の心が育っていない……。

男の子も女の子も持つ母親の身としては、これから子どもたちが大学生になっていくのが怖いとすら感じました。

「サークルや飲み会には気をつけなさい。特にインカレには!」

などと言ってしまいそうです。 もちろん、東大生がみんなそうだとか、大学のサークルがみんなそうだと言いたいわけではありません。 大部分は、このような事件とはかかわりのない人たちだと思いますが、いつなんどき当事者になるともわからない危険とは常に隣り合わせだ、とは感じます。

最近「敏感で繊細」な気質HSC・HSPについて勉強していたので、「感じやすくて、他人が怒られている場面も見ているのも辛い」という人がいる一方で、「自分の言動・行動によって1人の女性が生涯背負う心の傷を負ったというのに、その女性がなんで泣いていたかわからない」というほど、人の気持ちに鈍感な人がいるということに、呆然としてしまいました(発達障害等で、相手の気持ちに気づきにくい、という場合を言っているのではありません)。

「感じやすい人」の生きづらさに対して、理解やケアが必要なことは重々理解しているつもりだけれど、犯罪を起こすほどに相手の気持ちを「感じない」人に対しては、どう対処すればいいのでしょう? 罪を理解させ、償わせながら、ケアも必要だということになるのでしょうか?

小説に出てくる5人の東大生の母親たちも、同じ女性でありながら、被害者美咲の心情を慮る人がいなかったことがショックでした。 手塩にかけて育てた自慢の息子を前科一犯にしないためには動くけれども、美咲に対して心から申し訳ないと謝る母親はいなかった……。

唯一救いだったのは、美咲の大学の学長が、素晴らしい女性であったということ。 そして、美咲の心情に理解を示した学長の前で、美咲が声をあげて泣くことができたこと。 この部分がなかったら、私は最後までこの本を読めなかったかもしれません。

大学入試共通テストの国語の記述問題(試行段階)で、「題材となっているのが実務的な文章ばかりで、文学的文章が扱われていない」ということが指摘されていますが、国語科で扱う文学的文章(小説や随筆)には、割り切れない人間の心情というものを疑似体験して学ぶという道徳的な側面があります。これは、実体験の乏しくなりがちな現代の子どもたちには、極めて大事なことだと思っています。しかし、大学入試で文学的文章が出題されないとなると、高校の授業でも、小説や随筆を扱わなくなります。

実際、息子の高校でも、現代文の授業で、教科書には掲載されているのに、小説をあまり扱わない傾向にあるようです。入学してから現在(高1冬)までに授業で扱った小説は、芥川の『羅生門』のみです。とにかく評論ばかりやっています。ロジカルシンキングが大事なのはわかるけれど、人の心はロジカルではありませんよね?もっと人の気持ちを学んでほしい。 大学入試の傾向に合わせて、文学的な(道徳的な)授業が減っていくと、相手の気持ちを想像できない子が増えるのでは?と、危惧しています。 (じゃあ入試に文学的文章の記述を出題したとして、それをどのように採点するのか?といった問題まで言及していくと、この本の書評(感想)というこの記事のテーマから外れていってしまうので、それはまた別の機会に……。)

親として、子どもをこういった事件の被害者・加害者としないために、どう育てていったらいいか、どう守ったらいいか、ということについては、一朝一夕に答えを出せるものではありません。 でも、こういう悲しい事件を繰り返さないために、それぞれの立場で考え続けるということが大切だと思います。 読後感は悪いですが、そういった意味で、この本は読む価値があると思います。非常に考えさせられます。 話題になっていた意味がわかりました。 でも、ヘビーなので、読むのには、体力と(メンタル回復のための)時間が必要だと思います。

姫野カオルコさんの本は初めて読みましたが、彼女のご著書には「毒親」をテーマとしたものなどもあるようで、そういった本も読んでみたいと思いました。  

  

  

でも、何度も言いますがヘビーなので、連続しては読めないかな(^_^;)

次に読む本は、もうちょっと明るい本にしようと思います。

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