ママンの書斎から

アラフォーママンの考えごとや読書記録

家事言語の乖離

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塾がある日は、息子が22時に帰宅してから、お弁当箱を洗います。

 

塾がない日は自分で洗わせていますが、塾の日は、遅い夕食を食べるのとお風呂をマッハで済ませてもらいたいため(そうでないといつまでたっても片付かないので)、その間に、リュックから出すところまでは自分でやらせて、洗うのは免除してやることにしています(今のところは、ですがね)。

 

ただ、私も仕事が立て込んだり、洗濯物の下処理などもあったりして、ここ数日は22時でも自分がフル稼働中で余裕がなく、夫が代わりに洗ってくれました。

 

 

「弁当箱、洗っておけばいい?」

 

と夫が言うので、

 

「洗ってくれるのー?助かるー。ありがとう。」

 

と言ってお願いしました。

 

 

翌朝、お弁当を作るときになって、水筒が無いことに気がつきました。

 

ゆうべ、夫がお弁当箱を洗ってくれたはずだけど、水筒は洗わなかったのか……。

 

 

私の中では、

「お弁当箱を洗う。」

ということは、すなわち、

「お弁当箱と水筒を洗う。」

という意味です。

毎日セットで持って行ってるのですから。

 

当然、夫もそう思っているはずと疑わなかったので、その日はたまたま水筒の存在を忘れたのだろう、加齢だからしょうがないわね、セットで出しておかない息子も悪い、と思い、夫には何も言わず、息子のリュックから水筒を引っ張りだして自分で洗いました。

 

 

そして、昨夜。

 

また息子は塾で帰りが遅く、帰宅してからお弁当箱を洗う時に、夫が

 

「俺が洗おうか。」

 

と、言って、洗ってくれました。

 

 

しかし、今朝になってみると、やはり水筒だけ洗ってない!

朝バタバタとお弁当を作っているときに、水筒をリュックから出してきて、洗ってから、新しいお茶を注ぐ、というのは結構な手間で、夫が2回続けて水筒を洗わなかったことにイラッ💢。

 

 

それで、起きてきた夫に、

「水筒は(苛立ちを最低限に抑えた言い方)?」

と聞いたところ、

「俺は洗った記憶は無いけど……。」

と、シレッと言いくさる……。

まるで、

「弁当箱を洗うのは頼まれたけど、水筒を洗えとは頼まれなかったのだから、それは俺の仕事ではなかったはずだけど?」

とでも言いたげな顔。

 

 

はぁ〜( ̄O ̄;)?

 

 

弁当箱を洗うっつったら、水筒もセットでしょ?

記憶なんてあるわけないじゃん、そもそも洗ってないんだから!

イラつくわ〜!!!

 

弁当箱を出せと言ってるのに水筒もセットで出しておかない息子にもイラッとするのですが、いい大人なのに弁当箱と言われたらご丁寧に弁当箱だけを洗い、セットで持って行ってる水筒も洗おうとは思わない夫にも開いた口がふさがらず……。

 

 

まったく……これは……何なの?

メンズだから?

 

 

「米をとぐ。」と言ったら、

「お米をといで炊飯器をセットするところまで。」

が、私の概念。

娘に頼んでも、普通にタイマーをセットするところまでやります。

 

しかし、息子や夫に頼むと、

「米をといでちょうだい。」

と言ったら、とぐだけ。セットはしない。

タイマーセットまでしてもらおうと思ったら、

「米をといで炊飯器をセットしてちょうだいね。」

まで言わないと用になりません。

 

 

 

昔、つわりのとき、夫に3,000円を渡して、

「スーパーで買い物してきてくれる?」

と頼んだことがあります。

 

このとき私が頼んだのは、

「肉、魚、卵、野菜、果物などを取り混ぜた数日分の食材。」

という意味でした。

しかし、夫が買ってきたのは、

「その日の夕食で食べきってしまう出来合いのお弁当&お惣菜&ビール。」

でした。

 

 

おいっ( ̄O ̄;)!!!

 

 

イラつくこと限りなし。

 

 

でも……悪気は無さそうなんですよね(苦笑)。

主婦の感覚でスーパーで3,000円分の買い物をするなんて、夫にはハードルが高かったであろうことは、想像に難くない(−_−;)。

 

相手に、ああして、こうして、と迫るより、自分の伝え方を具体的にするほうが、エネルギーが少なくて済みそうだと思いました。

 

 

タイトルを「家事言語の乖離」としましたが、家事だけに限らず、日常の至る所に、同じ言葉を使っていてもそれに含ませている意味合いは個々でこうも違うのか、ということを痛感する場面があります。

 

我が家の家事に限って言えば、メンズとウィメンズでの感覚の違い、ということになりますが、世の中全般を考えるときは、性別や場面に関係なく、一人ひとりが持っている言葉の意味が違うことによる軋轢って、山ほどあるなぁ……と感じます。

 

 

同僚、友達、先輩、後輩、ご近所さん、PTA……立場もいろいろなら、考え方や感覚も、人の数だけありますよね。

 

 

安易に

「相手も同じ感覚で捉えている。」

と考えていると、傷つけあってしまうことも、あるかもしれませんね。

 

 

自分の言葉が、相手にどう伝わっているか。

自分の感覚を押し付けていないか。

自分のものさしで、相手を裁いていないか。

 

 

自分では軽〜い冗談のつもりで言った言葉でも、親愛の表現のつもりだった軽口でも、相手はすごく傷ついていた、とか、自分では普通に聞いただけのつもりの質問が、相手は責められているように感じていた、なんていうことは、出来る限り避けたいですよね。

 

 

うちのメンズたちにも、腹は立つけれど、ケンカを売る前に、家庭内平和のため、

「弁当箱と水筒は、セットで出してください。」

「弁当箱と水筒は、セットで洗ってください。」

と、指示の出し方を具体的に変えてみることにしたいと思います(笑)。