ママンの書斎から

アラフォーママンの考えごとや読書記録

『母性革命 子育てに惑う人々へ』(村山和世)

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またタイトルにドキッとして手に取った本です。

 

母性革命 子育てに惑う人々へ

母性革命 子育てに惑う人々へ

 

 

著者の村山和世さんは、ご自身も二人の子どものお母さんで、個別指導の学習塾をなさっている経験から、母性について書かれています。

 

章立ては、

「自閉」「学習困難」「低学力」「低意欲」「思考放棄」「反省放棄」

の6つです。

 

全体を通して、著者がこれまで出会ってきた母子の様子から、学習をはじめとする諸々が困難になっている子は、母親の、とくに幼少期の関わりかたに問題があると述べていらっしゃいます。

 

「自閉」に関しては、著者はお医者様ではないですし、あくまでご自身の体験から考えたことを述べていらっしゃるのですが、すべての原因を母親に持っていくのもどうなのかなあと感じるところもありました。

母親に対するケアが十分とは言えない世の中にあって、子どもの病気や障害をすべて母親のせいだと言われると、追い詰められる人も多いのではないかなと……。

 

主たる養育者が母親であれば、母親の接し方によるところが大きいのは揺らがない事実であろうと思います。でも、子どもの状況より自分のキャリアを取ったからだとか、自分の信念に合わない助言をを受け入れなかったからだとかいう部分は、致し方ない部分もあるのではないかなあと思いました。

家計のためにやむを得ず働く母親もいるわけですし、今のような情報過多の世の中では、ある程度取捨選択しないと、すべての情報を取り入れて育児をしていくわけにはいかないからです。どの情報を採用するかは、その母親の置かれた状況や育ち方、考え方によるところで、すべてを母親のせいにするわけにはいかないのではないかなと思うわけです。

 

ただ、著者ご自身も、家庭の事情で保育園に預けて働いたとき、下のお子さんの発達が何かおかしいと戸惑われたことがあると言います。

そこで、保育園をやめさせ、失っていた時間を取り戻すと決め、ご自分の手元で育てるうちに、下のお子さんは落ち着いて本来の明るさを取り戻したのだとか(自ら気づいて軌道修正し、そしてきちんと結果が出たというところがすごいですね)。

 

こういうご自身の経験から、子どもの健やかな発達には、幼児期の母親との信頼関係の構築や言葉のやり取りが何より大切とおっしゃられるのでしょう。

 

 

「低学力」の章では、

「躾けられていないと算数ができない」

「あきらめグセ」

「負けグセ」

「勝ちグセ」

など、気になるフレーズがたくさん出て来て、なるほどと思うところが多くありました。

 

 

著者は、あとがきで、

この本を表したのは、愛情があっても、どうして良いか分からなかったために、間違った対しかたをして子どもをおかしくしてしまうお母さんの力になりたいと思ったからです。

と述べていらっしゃいます。

 

 

なるほど。この著者は、きっと正しいことを言っている……。

 

……でも、なんだろう、この読後感の息苦しさは……と思っていたら……。

 

 

思い出しました。

 

 

私が初めての子どもを産んで育て始めた頃、夫の転勤で見知らぬ土地で暮らしていて、子どもがとても熱を出しやすい子だったので、いつもいつも、子どもが熱を出すのは自分が悪いからだと自分を責めていました。助けてくれる人も近くにいない状況でしたので、毎日がいっぱいいっぱいでした。

 

ある日、病院にかかったときに、採血されて泣き叫ぶ我が子を押さえているように言われて、辛くて涙が出てきたときがありました。すると、年配の女医さんが

「あ、このお母さん、ダメだ。」

と言って、私を処置室から廊下へ出したのです。

厳しい先生として有名で、ことあるごとに

「最近のお母さんがたは子育てがヘタだ。」

とおっしゃっている方でした。

この時も、

「お母さんは辛くて赤ちゃんの処置を見ていられないだろうから外へ出ていてもらいましょう。」という、配慮の「ダメだ。」ではなく、

「あなたダメ人間ね。」という意味合いの「ダメだ。」でした。

少なくとも私にはそう聞こえました。

 

そして、そのときからずっと、

「私の子育てはダメなのかもしれない。」

という不安があるのです。

 

なんだろう……。

この本は、あのときの、処置室前の廊下で、胸が張り裂けそうになりながら子どもの泣き声を聞いていた自分を思い出してしまう。

 

まあ、これはあくまで私の個人的な経験なので、著者やこの本を批判する意図は全く無くて、

「子どもから目と心を離したらいけない。」

ということを、改めて教わったような気がしています。

 

 

あの処置室前で泣いた日から、自分はずっと、子どもから目と心をそらさずにやってこれただろうか?

 

大事な幼児期はだいぶ過ぎてしまった我が家ですが、今も大事な思春期、受験期です。

 

子どもたちに、何か気がかりなことが現れてはいないか?

最近の自分の接し方は、心ここにあらずになっていないか?

 

 

改めて自分の子育てを振り返る機会になって良かったと思います。