ママンの書斎から

アラフォーママンの考えごとや読書記録

センセイの資質

スポンサーリンク

月1回の習い事をしています。

 

普段、子どものことにガーッと行きがちで、仕事も抱える主婦のため、気がつくと髪がモジャモジャで、口角は下がり、肩が前に入って、落武者のようになっています(笑)。

 

娘の部活の参考にならないかなーという思いと(やっぱり子どものことにガーッと行っている(苦笑))、自分自身の現実逃避先を作っておきたい思いから始めたのですが、月イチなので、お財布にもスケジュールにもやさしくて気に入っています。

 

 

この習い事の講師の先生が、とても素敵です。「センセイ」としての資質って、こういうことなんだろうなあ、と、感じ入ってしまうほどです。

 

普段はとても気さくで、親しみやすい雰囲気をお持ちの先生です。年齢は私より上ですが、私などよりとてもお元気で、活動的でいらっしゃいます。教えるときの話し方も淀みなく、まず噛みません。

そして、パソコンなども使いこなして、気持ちも若々しくていらっしゃる。習い事そのものの技術はもちろんのこと、女性として見習いたいことが多い方だなと感じています。

 

 

先日、その習い事の日に、ある受講生の方が、講師の先生からちょっとピリッとした物言いをされていました。

作品展が近いのに、何度も案を作り直してばかりいて、いっこうに詰めの作業に入れていない、ということを注意されているようでした。

 

その受講生の方は、クラスのなかでは最高齢で、講師の先生よりも年上です。そして、おそらくとても長く習っていらして、先生とも気心が知れていて、雑談なども多くされている方です。

 

自分より年配の生徒に、きちんと注意をするということは、教える側にとってはなかなかハードルが高いと思うんですよね。付き合いの長い相手なら、なおさら。

でも、それをうやむやにせず、きちんとされていたことに、感銘を受けました。

 

普段は、生徒さんたちと、どこのアスパラが安かった、などという話などをしていても(笑)、決して馴れ合わず、教えるべきことはきちんと教える。注意が必要なら、きちんとする。

 

そういうことが、「センセイ」としての資質だよなあ、と。

 

私は、「人にものを教えてやろう」という人の気配を感じると鼻について、ケッと思ってしまうタイプなのですが(笑)、この講師の先生には、ついていこうと思えました(笑)。

 

 

『教えるということ』(大村はま)という本があります。

大学時代に、教育に携わる者は必ず読んでおくべきだと教授に言われて読んだ本です。

 

教えるということ

教えるということ

 

 

「教室」とはどういう場であるべきか、ということを、考えさせてくれる本です。

 

 習い事の講師の先生を見ていて、この本を思い出したんですよね。

 

 

先日、映画監督の故・黒澤明さんが、ご自身の恩師の先生について語っていた過去の映像を、テレビで見ました。そのとき、

「先生からは、教科そのものよりも、先生のお人柄から学ぶことが多い。」

というようなことをおっしゃっていました。

 

本当にそのとおりだと思います。

 

学校の先生、習い事の講師、お医者さま、代議士……世の中に「センセイ」と呼ばれる職業は数あれど、何を教える人かということよりも、その人がどんな人柄であるか、ということのほうがもっと大事、と、改めて思いました。尊敬できる人柄の方からは、自然と学ぼうと思えますし、結果としてその方もいい仕事をなさるだろうな、と。

 

 

ニュースでは、信じられないような「センセイ」の不祥事が毎日取りざたされます。それらは許されるべきではないと、私も思います。こういう不祥事を起こしてしまう「センセイ」というのは、おそらく、自分の人柄を見られているということを忘れ、知らず知らずのうちに謙虚さを失っているのではないかと思います。

 

ですが、一方で、ニュースになどならなくても、ご自分の全人格をもって指導にあたり、生徒に尊敬される、素晴らしい「センセイ」もたくさんいらっしゃる、ということもまた事実です。

 

 

 

月イチの習い事。多くを学ぶ日。

忙しい毎日ですが、これからも、大事にしていきたいと思います。