ママンの書斎から

アラフォーママンの考えごとや読書記録

『実りを待つ季節』(光野桃)

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ファッション業界では有名な、光野桃さん。

もともとは女性誌の編集者さんだったようで、ファッションやお洒落についてのエッセイは、いくつか読んだことがありました。

お洒落は生き方、というか、その人の考え方がそのまま出てしまうものなんだなと気づかせてくれるエッセイの数々です。

 

そんな中で、この『実りを待つ季節』は少し趣が異なります。

光野さんが少女の頃のエピソード、お母様とのこと、お父様とのこと、ご自分のお嬢さんのとのことなど、私的なエピソードが綴られています。

 

実りを待つ季節 (新潮文庫)

実りを待つ季節 (新潮文庫)

 

 

のちに『実りの庭』というエッセイも出るのですが、こちらも、介護やご自身の体調不良など、アラフォーを過ぎた女性には共感するところの多い作品です。

 

実りの庭

実りの庭

 

 

『実りを待つ季節』では、お父様とのエピソードで涙する人が多いようなのですが、私は、ママンとしての立場から、光野さんが母親としてお嬢さんを見ているエピソードに惹かれました。

 

 

10歳になるお嬢さんの誕生日。

お嬢さんのお友達を数人、誕生日会に招いた時のこと。

バースデーケーキに火を付け、歌を歌ったところまでは順調だったものの、そのあとで、お友だち達が、

「葉ちゃんちって、なんにも遊ぶものがないんだよね」

と文句を言い出します。

(……居ますよね、こういう、大人の前ではいい子にしてるけど、子どもだけになると傲慢な子って……そういうの、大人には全部見抜かれているというところに気づいてないところだけが唯一の子どもらしさというか……)

 

集団を仕切って遊ぶタイプではないお嬢さんは、困ったように立っているだけ。

そこへ、光野さんに向かって、お嬢さんのお友だちの1人が、

「ねえねえ、おばちゃま、あたしたち、なにも遊ぶものがなくて困っているの。この近くに公園かなにかありませんか?」

と、大人のような口調で言います。

 

こんな失礼な口を聞かれても黙っているお嬢さんに、光野さんは、10歳だった頃のご自分を見るような気がして、苦しい思いをなさいます。

 

集団が苦手、人が怖いと思う気持ちは、結局克服できないことの一つとしてわたしの中にずっと残った。

 そして、母親として、こうも感じています。

この子はまだこの先ずっと、わたしと同じように友だちで苦労を重ねるのだろうか。機転が利かず、テキパキと物事に対処できないつまらない子として、長い集団生活をつらい思いで過ごすのだろうか。しかし、もはや彼女について学校へ行き、その盾となってなみいる敵をバッタバッタと切り倒す、というわけにはいかないのだ。わたしはあきらめを苦く噛みしめる。もう彼女は自分で解決しなければならない。自分で乗り越えていくしかない。わたしもまた、今日一日ですっかり疲れきっていた。

 

この描写には、ちょっと、ウルッときてしまいました。

うちの娘もそんなところがあるからです。私もまた、

光野さんのように、娘の友だち付き合いを案じ、あきらめ、戦場へ送り出すような気持ちで学校へ送り出していた時期があったからです。

 

 一緒に登校している子たちには毎朝走ってまかれて置いていかれ、一人でトボトボ歩いた娘。習い事でも、その子たちに外されていた娘。学校の休み時間も、一人で黒板のマグネットの曲がりを直したりして過ごしていた娘……。

現在は友だち関係は好転したのですが、小学校入学から4年生まで、一時はノイローゼになるかと思うほど、私も悩みました。娘を不甲斐なくも情けなくも感じてイライラし、でもかわいそうにもなって泣けてくる、という感じで……。

 

そして、私も自分の少女時代を思い返して、うまく立ち回れるほうではなかった自分、誕生日会が苦手だった自分、などを思い出してまた苦しく……。

 

 でも、光野さんのお嬢さんは、誕生会の翌日、

「うん、お母さん。でもね、失敗は成功のもとなんだよっ」

と、登校して行き、光野さんは、その背中を見送ります。きっと、そんな前向きなお嬢さんを頼もしく感じ、救われた思いがしたことでしょう。

 

子育てって、自分の子ども時代を再びなぞることでもあると思います。誰かにしてもらったことや、かけてもらった愛情などに気づいて感謝が生まれる分にはいいのですが。我が子の姿を通して、思い出したくない自分を思い出してしまうこともあります。それは苦しい作業です。

 

消化できていなかったことを、母親の立場から見つめ直し、消化しなおす機会を与えられている、と捉えるしかないですね(苦笑)。

 

華麗なファッションの世界で活躍されている光野桃さんでも、母親として同じように悩みながら歩まれてきたこと。また、お母様やお父様とのエピソードも、美しく口当たりのいいものばかりではないこと(どちらかと言えば苦しい思いをなさったエピソードが多い)。

それらを赤裸々に書いてくださっているので、読み手としては、共感や勇気を得て、そしてホッとします。

 

誰かの娘である自分、誰かの親である自分。

そのどちらの自分にもエールをおくられ、共に頑張りましょうと言われているような気持ちにさせてくれる、秀逸なエッセイです。