ママンの書斎から

アラフォーママンの考えごとや読書記録

「子ども会」の在り方について思うこと

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もうすぐ「子ども会」を卒業するので、子ども会について思うところを書いてみたいと思います。

 

子ども会って、小学校の地域ごとのグループで、資源回収をしたり、夏休みや冬休みに行事を計画したり、地域の行事に参加したりするものですが、もう関東のほうでは、廃止になっているところもあるとか。

私の住んでいる所は田舎なのでありますが、こんな田舎でも、お受験して入るような学校もあり、その学校は、児童の住所が散らばっているので子ども会は無いのだそうです。他には、子ども会はあるにはあるけれども、ごく少ない行事を簡単にやるのみの、ゆるい感じのところもあるようです。さまざまな形がありそうな子ども会ですが、私の子ども達が在籍してきた子ども会は、行事も地域からの要請も多く、役員の年は負担に感じてきました。

 

子ども会のそもそもの目的は、地域間の子ども同士の交流をはかるとか、地域の人たちと関わるとか、そういうことなのでしょう。でも、実際はその運営をめぐって、親たちのトラブルのもとにもなっているという現実もあります。

 

子ども会で親のトラブルって、それはもはや「親の会」になってしまっているのでは?

という声が聞こえてきそうですが、全くその通りです。すべての企画・運営を子どもだけでやるのは無理なので、親のサポートはどうしても必要になってくるのですが、親がメインとなって仕事をし、子どもは用意された行事に参加するだけ、になってしまいがちな子ども会、多いのではないでしょうか。

 

実際に役員を経験してみて感じたのは、価値観や考え方の全く違う親同士で、同じ目的に向かって仕事をすることの難しさです。

子どもを介さなかったら絶対に話さないタイプの人と同じ役職についてしまうことにでもなったら、そりゃもう、えらいことです。

仕事の進め方や動くタイミング、譲れない所と譲ってもいい所、お金(子ども会費)の扱い方についてなど、何から何まで全く違いますし、それぞれの家庭で生活のリズムが違うので、連絡1つするのでも、全くつかまらない人、返信の遅い人、日中の連絡のほうが都合がいい人、夜の連絡のほうが都合がいい人、さまざまです。トラブルが起きないわけがありません。

役員になる前はそこそこうまく付き合っていたのに、役員になったとたんに、なぜか上下関係が発生したり、相手のずるさが見えて嫌いになったりするのです。

 

私も、

「この人はこの言葉をそういうふうに解釈するのか」

と驚いたことは数え切れませんし、

「この人は結局のところ、自分が1番でないと気が済まないんだな」

「この人は自分は何もしないで、人がやったことに文句は言うんだな(しかも代案は無し)」

「この人は逃げ回って嫌なことは全く引き受けないんだな」

「この人は黙っているけど、自分の意見が通らないと面白くないんだな」

「この人はこんなに攻撃的な1面を秘めていたんだな」

「この人は、相手によって態度を変えるんだな」

「この人は、トラブルのもとになるようなことを言って歩くのが好きなんだな」

などなど、見たくなかった他人の1面というものを、たくさん見ました。

もちろん、私も誰かにこのように思われてしまったこともあるでしょうし、もしかしたらすべて私の思い違いだったのかもしれません。

でも、一緒に役員をやったあと、付き合いが途絶えた人がいるのは事実です。

 

 

また、地域との関わりという面では、時代が変わっているのに昔からのやり方を要求される辛さ、というのもありました。

例えば、地域のお祭りなどに子ども会が参加するというとき、地域の役員は年配の方であることが多いためか、夜な夜な会合が開かれたり手伝いを要求されたりするのです。でも、今の子どもたちは夜も塾や部活で忙しいので親も送迎で忙しいことが多いですし、小さいきょうだいがいても、旦那さんは仕事の帰りが遅く、預けられる祖父母も近くに居ないので、夜に家を出られないという人もいます。

それを

「最近の若いお母さんたちは何にも出てこない」

と責められても困ってしまいます。

昔の生活形態や、同居の家族構成とは違ってきているのです。

子どもをお祭りに出すのは当たり前という感覚か根強く残っている地域なので仕方がないのですが、伝統も時代に合わせてやり方を変えていく部分もないと、受け継ぎたくても受け継げない、ということになっていくと思います。

 

 

それから、地味にストレスだったのが、プール当番などの当番系です。

私の子どものころは、夏休みのプールは、子どもは学校のプールに現地集合でした。でも今は、不審者や交通事故の危険からなのか、プール当番の親が地域の集合場所から学校のプールまで、子どもたちを引率していくのです。最初このシステムを知ったときは驚きました。だって、責任が重すぎませんか?プールに入っている間の監視だけでも、事故やケガがないようにとプレッシャーを感じながら見ているのに、行き帰りの道中を、1年生から6年生までの子どもたちを連れて、安全に移動しなくてはならないのです。言うことを聞かない子もいれば、水で濡れた水着が脱げないと泣く1年生もいます(笑)。道路で喧嘩を始めたり、そういう子どもたちを炎天下に連れて歩くのは、危険すぎて責任持てないという声をたくさん聞いています。最近は気候も変わりやすく、熱中症や脱水症状が怖いほど暑い日もあれば、行きは晴れていたの帰りは雷雨、ということもあるのです。「当番だから」と安易に頼まれては困る!と思ってしまうほどのプレッシャーです。

 

当番の決め方も、ざっくりしたルールはあるものの、決める人によって、何度も同じ人だけに当たったり、全くやらないですり抜ける人がいたりと、不公平感を感じる人が必ず出ていました。

 

 

 

もちろん、子ども会を通して、いい出逢いもありましたし、子どもたちが巣立ってもいい友人でいられそうな「ママン友達」もできました。

行事などで、子どもたちの楽しそうな笑顔を見ると、

「やっぱり子ども会も必要なんだな」

と感じたこともあります。

地域の大人たちと関わるのも、子ども達にとってはいい経験だということもわかります。

でも、他の地域のママンさんたちや、子どもの習い事で知り合った他校のママンさんたちに聞いてみても、みなさん、子ども会については苦労していらっしゃるようで、なかには体を壊したというママンさんもいました。

 

こんなにみんな大変だと言っているのに、どうして何も変わらないのか、自分なりに考えてみました。

 

それは、毎年構成員が変わるからではないかなと思います。

この体制を変えるには、地域にもかけ合い、反対もされ、批判もくらい、自分の家庭を犠牲にするほどの労力を要するとわかるので、無理して体制を変えるより、この役員の1年をなんとか乗り切るほうがまだいい、と思って、長いものに巻かれてしまうのではないでしょうか(私もそうやって長いものに巻かれる方を選んできたのですが)。

毎日の生活を回すだけで精一杯のママンたちなので、これ以上の労力はひねり出せないというのが正直なところだと思います。

きょうだいがたくさんいて、10年以上子ども会に在籍しているというママンさんたちもいるのですが、子どもそれぞれの学年によって、ママンさんたちはそれぞれ違うので、同じメンバーでずっとやっていくわけではありません。メンバーが変われば雰囲気も変わりますし、改革は、なかなか難しいのだと思います。

 

子ども会。

子どもの会。

子どもたちの有意義な体験を企画する会。

 

本来の目的を考えれば考えるほど、親たちがいがみあったり、体をこわしてまでまでやったりするものではないと思ってしまいます。

同じ地域に住む子どもたちの交流、そして親たちの交流という目的もあるのに、子ども会をやったがために仲が悪くなる、というのでは本末転倒です。

入会も一応「任意」ということになっているくらいですから、「こうでなければならない」ということは何もないのではないでしょうか。どうせやるなら、楽しく、その後も同じ地域で暮らしていく仲間として絆が深まるような活動にしたいものです。

 

 

具体的にどう改善すればいいのか、私もまだいい考えが浮かびませんが、もうちょっと内容をスリム化して、ママンたちの負担を減らし、やりやすい、続けやすい方法を模索した方がいいのではないかな、と感じている、「子ども会」問題です。