面白い手法の本を読みました。
柚木麻子さんによる『本屋さんのダイアナ』
です。
現代の女の子二人を主人公としたお話なのに、実は『赤毛のアン』が裏テーマになっているのです。
裏というほど隠れてもいないんですけどね(笑)。『赤毛のアン』はちょっと気になるわたくし。kindleでサンプルを読んで、
まず「大きい穴と書いてダイアナと読む名前」というところにノックアウトされてしまい(笑)、さらに『赤毛のアン』が絡んでると知って、もちろん買いました(笑)。
巻末の解説で、翻訳家の鴻巣友季子さんが、
『赤毛のアン』の本歌取り作品
と評していらっしゃり、なるほど!と膝を打ちました。裏テーマというより、本歌取りと言った方がしっくりきます。
本歌取りとは、「 和歌や連歌において、古歌(これを本歌とする)の句や言葉、背景などを取り入れて自分の歌を作歌する」という手法です(盗作とは違います)。
本歌に対してのリスペクトがあり、造詣が深くないとできない手法です。
歌の本歌取りも難しいと思うのに、柚木麻子さんは、それを、小説でやってらっしゃる!そこにまず驚きました。作品のあちらこちらに、『赤毛のアン』やモンゴメリ作品の内容が巧みに盛り込まれているところから、相当児童文学(少女小説、家庭小説)に造詣が深い方とお見受けします。
肝心の内容ですが、主人公は、矢島ダイアナ(しかも、「大きな穴」と書いてダイアナ!由来は作品を読んでみてください)と、神崎彩子(あやこ)という二人の少女。ダイアナはキャバクラ嬢ティアラの娘(母子家庭)で読書家。彩子は編集者を父に、料理教室を開くカリスマ主婦を母に持つ優等生。
この、生い立ちや家庭環境の正反対な少女2人は、小学校で出逢い、『赤毛のアン』をきっかけに仲良くなり、親友と呼べるまでになるも、ささいな原因で仲違いしてしまいます。中学校、高校の6年間を音信不通で過ごしながら、心の中ではずっとお互いを意識していた2人。その後、さらに数年を経て、また親友に戻る予感をさせるところまで(このとき、彩子が大学卒業目前ですので、2人とも21~22歳くらい?)のお話です。
内容の解釈は、先述の鴻巣友季子さんの解説が秀逸だと思いますので、詳しくはそちらをご覧いただきたいのですが、登場人物の名前に関して言えば、矢島大穴は『赤毛のアン』のダイアナ、神崎彩子はアンが反映されています。そして、大穴と彩子の関係性は、村岡花子さんの訳語として有名な「腹心の友」というテーマで言い表せるでしょう。
「友情」が大きなテーマです。
といっても、最初から最後まで仲良しこよしなのではなく、
「同じ環境にいられなくなったときも、変わらぬ友情を保ちつづけられるか」
という、女性の友情の難しさを扱っているのです。
『赤毛のアン』では、アンは奇抜で活発で、しょっちゅう問題も起こすが成績優秀。大学に進学してアボンリーを出ますし、教師として働いた時期もあります。
一方ダイアナは、おとなしく真面目で、アンほどには目立たない性格です。女性として当時求められた家庭人としての教養を身につけ、一生アボンリーから出ることなく、結婚して堅実な主婦となります(アンも結婚後はすっかり良妻賢母になってしまいますが)。
『本屋さんのダイアナ』では、彩子は名門私立女学園(中高一貫)に合格し、名門私大に通いますが、大学生活は楽しめず、「自分は何も知らない、かごの中の鳥だ」という内なる声に悩みます。一方、大穴は彩子と一緒に行きたかった名門私立女学園を受験することすら叶わず、進学した中学校や高校ではなじめませんでした。自分の名前や母親、境遇を恨みながら過ごします。卒業後は念願の書店員になりますが、仕事の厳しさに落ち込んだり、実の父親に会って幻滅したりと、なかなかドラマチックです。
小学校くらいの子ども時代までなら、屈託なくお互いを大好きでいられたとしても、進学や結婚など、友達と自分の環境が変わっていくとき、自分にはない人生を歩む友に嫉妬して友情にひびが入るということは、よくあることです。特に現代は、女性の人生の選択肢はどんどん増えていますから、隣の芝生が青く見えることもあるでしょう。
でも、アンとダイアナ、大穴と彩子、この2人の少女たちの結びつきは強かった。
『本屋さんのダイアナ』の作中で、『アンの愛情』巻末の村岡花子解説、として、次のような1節があります。
女の人のあいだでは、相手が自分と同じ境遇にいるときは仲よくできても、相手が自分より高く飛翔すると、友情がこわれるというばあいがないではありません。わたしはアンの中にも、ダイアナの中にも、学ぶべき点がたくさんあるように思えます
柚木さんも、こういうことが書きたかったのかなあ、と思いながら読みました。
『赤毛のアン』の他にも、『若草物語』や『大草原の小さな家』などさまざまな作品が登場するこの作品。

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この作家さんは、フランスの作家にも造詣が深いのかなと思って、少し調べてみましたら……。
フランス文学を専攻された方だったんですね。納得。少女の心情の機微を描くのがうまいし、「本歌取り」手法の作品は他にもあるようです(『王妃の帰還』はフランス革命を引いているらしいですよ)。
まだお若いようですが結構な量の作品を書かれていますし、数々の受賞歴やノミネート歴もある模様。
注目度大!な作家さんです。