ママンの書斎から

アラフォーママンの考えごとや読書記録

ママンが過ぎてもいけないという話

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世間では、今日から仕事始め、という方も多いのではないでしょうか。

 

私も、今日は、たまっていた用事を済ませに、朝から外回りしてきました。

 

ずっと家族と一緒にいたお正月期間。それは幸せなことだけれど、ずーっと一緒にいると、1人になりたくてたまらなくなります(苦笑)。なりますよね(笑)?

今日に限らず、家族なんていうものは、家に居なきゃ居ないでイライラするけど、居たら居たでやっぱりイライラする。そんなものでしょう(苦笑)。

うちの旦那さんや子どもたちも、私が出かけると、うるさいのがいなくなったとばかりに好きなだけゲームをやったりして、緩んだ時を過ごすのでしょう(知ってるで~)。

 

 

1人になってホッと一息。

車を運転中、昨夜の息子との会話を思い出していました。

話の流れで、小学校5年生の終わり頃の話になりました。

5年生の終わりと言えば、卒業していく6年生から、さまざまなリーダーを引き継ぐ時期です。委員会の委員長や、クラブの部長、児童会や子ども会のリーダーなど、役員決めが続いていた日々のこと……。

 

息子が言うには、私が息子に対して、何かの長をやりなさいと言ったらしいのです。

それも、

「他に何も取り柄がないんだから、何か長と名のつくものをやりなさい」

という言い方をされて、とても傷ついた、と言うではありませんか!

 

「……うええええーーーー???」

「嘘だーーーーー!!!」

「そんなこと言ってないからーーーーー!!!」

 

 

「いいや、言った!!!」

「確かに言った!!!」

「俺は傷ついたんだ!!!」

 

 

以下、3回くらいこのやりとりをループ……

 

……まあ、私は毒も吐きますし?

……要求水準が高いと、いつも息子からは文句を言われていますし?

……言いかねない?

 

いやいやいやー、いくらなんでも言わないでしょー自分……

……でも言ってたらどうしよ……なんてひどいママンなんだ……

 

しばし車の中でアワアワし、必死でそのときのことを思い出そうとしてみたのですが、

まったく記憶にございません!!!

 

 

もしかしたら、息子の被害妄想かもしれない。でも、受け取る側がそういう意味だと受け取ったなら、私の発した言葉にそれだけの険があったということ……

しかも言った側は覚えていない。なんてタチの悪い……

 

信じたくはありませんが、万が一、本当に、私が

「他に何の取り柄もないんだから」

なんて言ったのだとしたら、きっと息子には、もっとさまざまな経験を積んでほしいと思ってのことだったのでしょう……(と、思いたい(涙)……)

でも、いくら我が子を思ってのことであっても、「何の取り柄もない」は明らかに言いすぎです。案じていれば何を言ってもいいということにはなりませんよね。

でも、本当に言ったのかなあ、私……

 

 

結局、昨夜突如として湧いた、「何の取り柄もない」事件は、真偽を確かめる手立てもなく、迷宮入りとなりました。

 

でも、モヤモヤが消えなかった私は、今日、外回りから帰ってから、息子にこう言いました。

「5年生の時、もし本当にそう言ってあなたを傷つけたなら、ごめん。……でも、どう考えても、思ってもないのに、何の取り柄もないなんて言うとは思えない……何か言葉の行き違いがあったんじゃないかと思いたいけど……とにかく、あなたに傷ついた記憶が残ってるのだとしたら、そのときの私は、ママンが過ぎて、言葉のチョイスを間違えたんだと思うよ……」

すると、

「……ママンが過ぎるって、何?どういう意味?」

と、息子。

「母親的な心配をし過ぎるっていうことかな……」

と、私。

 

「ああ~、なんかわかるかも。あなたそれ、やりがちだよね。」

「つ~か、まだ気にしてたの?笑い話だったんだけど。いまや、俺、最強だし!」

と、またテレビに向かった息子……。

 

 

「あなた」って……。

「やりがち」って……。

……ていうか、何をもって自分を最強とかぬかす???

 

いろいろつっこみどころはありましたが、彼の中では

「ママンがすぎる」私はいつものことのようで(息子の試合を大声で応援しすぎるのも、「ママンが過ぎている」ことの1例らしいです。「これを機に、今後試合では黙っててくれ」と言われました。ちぇ。)「何の取り柄もない」事件は、既に乗り越えたので笑い話として話した、ということらしいのですが。

 

笑って話す息子にホッとしたものの、笑って話せるようになるまでに3年の歳月を要したのかと思うと息子に申し訳なく、「ママンが過ぎる」ことの弊害を、肝に銘じたのでありました……。

 

どんなに心配でも、どんなに我が子のためを思ってのことであっても、親の気持ちが前のめりになって、つんのめってはいけませんね。カッカしているときほど、言葉も選ばなければなりません。

 

つかず離れずの距離感で、広い心で、言い過ぎない、やり過ぎない。

そんなママンを目指したいものです……。