ママンの書斎から

アラフォーママンの考えごとや読書記録

『育母書』(浜文子)

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世の中に『育児書』はあふれるほどありますが、『育母書』は見かけませんね。

 

浜文子さんの、『育母書』という本があります。2008年に新装版(メディカ出版)が出されていますが、私が初めてこの本に出会ったのは、1999年発行のもの(立風書房)でした。上の子が幼稚園に通っていたころのことだったと思います。

 

 

育母書―子育てにとまどうことありますよね

育母書―子育てにとまどうことありますよね

 

 

 

浜文子の育母書 新装版

浜文子の育母書 新装版

 

 

 

書店で何気なく見つけ、まずタイトルから目が話せなくなり、思わず手にとって中身をペラペラとめくっていくうちに、「これは買って帰らなくては!」という気持ちになっていました。

「陣痛微弱」

という章には、息子さんが産まれるときに陣痛微弱で時間がかかったこと、そしてその生まれかたを反映するように、折に触れては立ち止まって、考え考えしながらゆっくりと成長しているということが書かれていました。私も、陣痛微弱で息子を産みましたから、産まれてからの息子さんの様子にも自分の息子を重ねて、いろいろと共感を持って読みました。他にも、

「子どもの発見に驚く」

や、

「1回だけの教育ママ」

「息子の家出」

など、子育てのさまざまな季節に及ぶエピソードが優しく丁寧な言葉で紡がれ、初めての育児でガチガチになっていた私の心がほどけていくのを感じました。読んでいて、涙が出てきたものです。

 

あの涙は数々の「育児書」に書かれている、「あるべき母親の姿」からはずれてしまう自分への焦りや情けなさを、わかってもらえたという安堵の涙でした。

 

「ありのままのあなたでお母さんをやればいい」

「子どもと一緒に母として育てばいい」

というようなことが書かれてあるのを読んで、フッと気持ちが楽になり、それ以来、この『育母書』は、ずっと私の子育ての伴走者になってくれています。

 

「母は強し」

と、よく言われますが、私はこの言葉を言われるとプレッシャーに感じます。子どもを身ごもったその日から急に強くなれるものではないし、

「母性」

が、その日から急に備わるというものでもないと思います。

 

「自分では普通にやったことなんだけど、結果、他人から強いと言われることをやってしまっていた」

という、結果論だと思うのです。でも、産まれる前から、

「母は強しなんだから、がんばりなさい。」

「母は強しなんだから、このぐらい何でもないはずだ。」

と、どれだけの人に言われてきたでしょう。周りから

「母は強し」

を期待されるばっかりに、自分の不安や苦しみを言い出せず、心身の調子を崩す母親のなんと多いことか。

 

でも、浜さんは、その気持ちを理解してくれます。そして、ご自身も悩みながら子育てされてきた経験を語られ、寄り添ってくれるのです。

 「あなたのままで母を生きる」

「女性の体とは、なんと哲学するように作られているのだろう。」

「育児は科学ではなく文学です。」

「自分の青写真通りに人生を進行させることだけが自己実現なのではなく、育児の中で自己実現は始まっていると言いたいのです。」

 

浜さんの、こんな言葉を読むうちに、

「ああ、今はこうして子育てにまみれていてもいいんだ。自分の時間など無い今の生活も、私の人生の欠かせない1ページなんだな。」

と、思えて楽になります。人生が1つの物語だとしたら、子育てで悩みながら生きる日々も、1つの豊かな章なのだと。子どもとみっちり過ごす、ときにしんどい時期も、

「母を生きる」

という季節であり、そんな日々もあっていいんだな、と思えてきます。

 

「育児」は「育自」なのだから、自分も、今のこのときを精一杯生きながら、ゆっくりと母として育てばいいと、そういう気持ちにしてくれる本です。